中学総合講座③

2011.03.02

 第3回目となる今回は、特別ゲストとして東京大学大学院教育学研究科教授・教育学博士の小玉重夫さんをお招きしました。小玉さんは、秋田県出身で東京大学法学部卒業後、同大学院教育学研究科に進まれ、博士課程を修了されました。専門としては、現代アメリカ教育思想、戦後日本の教育思想を中心に研究されてきましたが、近年は、日本において成人年齢が18歳になることを想定しつつ、特に中等教育における(中学・高校卒業までの)新しい公教育として、<市民>の教育である「シティズン・シップ教育」の重要性を、今日的観点から構想し、一石を投じています。
 
 まず最初に小玉さんは、今、勤務されている東京大学の学習環境やしくみについて紹介されているパンフレットを生徒たちに配布してくれました。その上で、入学時では類科別で入るためにみんな教養学部に属し、3年時にそれぞれ希望する学部に分かれていくという他大学とは異なる「進振り (進学振り分け)」について詳しく説明しました。特に、基本的には2年まで学部にとらわれることなく、多彩な学問に触れることができること、サークル活動などの自主的で自由な経験を積む中で、3年時以降に自分が学びたい学問を見つけられる環境をもっていることが、東京大学の1つの魅力であることを強調しました。
 
 次に小玉さんは、ご自身の大学時代を振り返られ、大学入学後、ボランティアの子供会で活動したり、クラスの友人たちとの読書会や学外からゲストを招いての講演会を行ったりすることの中で、中・高時代までに作られてきた「生き方の価値観」を改めて考え直すことができたことが、自分にとっては本当に貴重な場になったと語りました。
 実際に大学で教えられている方から直接うかがう大学生活の様子や、入学後の様々な学習活動や多くの人々との出会いの経験の話は、生徒たちも強く興味を惹かれた様子で、それぞれが真剣な顔つきで聴いていました。
 
 そして、ご自分の専門の教育思想について、実際に大学で使っている資料をパワーポイントで見せながら、おおよそ次のような話をしてくれました。
世の中の「真理」というものは人間界の外側にあるために、その「真理」に少しでも近づいていくために最も必要なことは、社会で「常識」と思われていることも含め、すべての事柄について批判的な相互の討論がおこなわれることだろう。その際に重要なことは、漫画の「20世紀少年」でも描かれている独裁組織の「ともだち」ような国民の怒りの感情をあおる「民主主義」を利用して多数派を形成し、異質な者を排除していくような議論ではなくて、様々な考えの異なる人々が共存しながらお互いに批判を交流させることではないだろうか。
 
 学問というものは、常に「多数派」の社会に対する批判精神をもとに発展し、新たな視点を提供しようとしてきたものであり、大学も実はそういう批判精神の一面を持ち続けてきたし、これからもそうした面は必要なのだと思う。これは少し読み込み過ぎかもしれないが、テレビドラマや漫画などで教師という職業が、たとえば「ごくせん」や「ドラゴン桜」などで「アウトサイダー」的に描かれ、それが多くの人々に受け入れられてきたのも、実は、小・中・高・大のいずれの教師もその職業自体が必然的に、批判精神をもとにしてきた学問に、多かれ少なかれ関わってきたからであり、それが今の社会への批判精神の象徴として「アウトサイダー」という形で描かれてきたのではないだろうか。
 
 以上の内容を話した上で、最後に小玉さんは、「皆さんには、自分と意見が違う人と話してみる面白さと旺盛な好奇心と豊かな批判的精神を、ぜひ大切にしてほしい」というメッセージで締めくくりました。
 
生徒たちにとって少し難しい内容もあったかもしれませんが、小玉さんの大学時代のことや「進振り」での学部選択について、また現在の研究についても、次々に質問が出されるなど、生徒たちは一生懸命聴いていたようです。
 
 以下が、生徒たちの感想の一部です。
 
 「学問が<批判的>だということについては、なるほどと感じた。同時に<天動説>に対する<地動説>のガリレオの話を思い出した。もしあの時、彼が屈していたら、現在の科学の発達は明らかに遅れていただろう」(中学3年)
 
 「逸脱者と教員は一見、対局にあるような気がしますが、思い浮かべれば確かにドラマで主人公になっている教員は破天荒な逸脱者ばかりで、ハッとさせられました。それとともに大学は本来アウトサイダーの場であるという言葉も新鮮でした」(中学2年)
 
 「少ない時間の中でたくさんの話をしていただいた。その中で一番印象深かったのが、中味を問わない民主主主義は危険であるということだ。今、民主主義国である日本に住んでいる我々は、無意識の内にそれらをすべてよいものとして受けとめてしまっている。しかしそれも、アウトサイドから眺めることで、今までは考えもしなかった視点が生まれてくるのだと思った」(中学2年)
 
「学問や大学は現状を批判し、新しい見方を提供し、知の創造に関わる所だということを改めて知った。いつも見慣れているものを批判的に違う方向からみてみることで、はっきり見えてくることがあるだろう。大学というところに期待感がふくらんだ」(中学3年)
 
 小玉さんの話の内容の部分については、かなり大雑把にまとめてしまいましたが、ご自分の研究テーマについても中学生に少しでも理解できるように、かみ砕いて、誠実に話していただいた小玉さんに心から感謝したいと思います。本当にありがとうございました。
                   (文責:「中学総合講座」担当教員)