• 特別講座「化学と数学〜ノーベル化学賞を通して〜」第2回

特別講座「化学と数学〜ノーベル化学賞を通して〜」第2回

2013.02.18

  • 数学科
  • 理科

化学と数学の特別講座も第2回を迎えました。
前回の川崎先生のレポートに代わって、今回は平田がレポートします。
1.フラーレンは結晶か準結晶か
さて、前回の最後に中2のI君からの「フラーレンは結晶か準結晶か、どちらなのでしょうか?」という質問にお答えしましょう。
前回、フラーレンは5回対称性を有する分子であるということを数学的アプローチから学びました。また、前回例に挙げた準結晶は5回対称性を有する結晶であることも学びました。なるほど、鋭い質問ですね。
ここで前回省略してしまった話をしますね。
まず、「結晶」と「準結晶」の厳密な定義を説明します。粒子が空間的に繰り返す(空間並進対称性をもつ)固体を「結晶」というのに対して、粒子が空間的に繰り返さない(空間並進対称性をもたない)が高い秩序性を有する固体を「準結晶」といいます。
また、金属結晶と分子結晶の違いも説明しないといけませんね。金属結晶は金属原子どうしが自由電子によって結合(「金属結合」といいます)していますが、分子結晶は分子どうしが分子間相互作用によって結びついています。
前回の例に挙げた準結晶はすべて金属結晶です。結晶(準結晶)を構成する粒子が原子なので、原子の配列に空間並進対称性があるかどうかを考えればよかったのですが、フラーレンの場合は複雑です。
フラーレン分子自体は5回対称性をもつのに対して、フラーレン分子が分子間相互作用によって結晶になった場合、面心立方格子となります。面心立方格子とは、立方体の各頂点および各面の中心に粒子が配置する繰り返し単位をもつ結晶構造です。
したがって、フラーレン分子は準結晶ではなく結晶に分類されるのです。
pic_chemandmath21.jpg


2.フラーレンの性質とその応用例の紹介
フラーレンはその幾何学的面白さだけではなく、化学的にも非常に面白い物質です。いい機会なので、近年のフラーレン研究の例も交えて紹介したいと思います。
フラーレンの構造は、前回の数学的アプローチから(5,6,6)の対称性をもつことを確かめました。つまり、五角形が1つと六角形2つがひとつの頂点を共有している半正多面体構造を、炭素原子60個で構成しています。よくサッカーボールに例えられていますね。
フラーレンは1985年(準結晶の発見の翌年)クロトーらによって発見され、彼らは1996年にノーベル化学賞を受賞しました。それ以前に、上記の構造を数学的に予測する研究者がいました。フラーレンの発見のエピソードを知るだけでも、数学と化学の関連性が伺えます。
さて、発見から30年ほどたちますが、フラーレンには様々な特徴があり、それをどのように利用して我々の暮らしに役立てるかという研究が活発になってきています。
まず、フラーレンはほとんど球形に近い形をしているので潤滑剤に利用する研究がなされています。ビー玉やパチンコ玉を敷き詰めて、その上に板を乗せたものを想像してみてください。よく滑りそうですよね?これをナノレベルでやってみようとする研究です。
次にフラーレンの反応性について。最近、フラーレン配合の化粧品が多く店頭に並んでいるのをご覧になったことはあるでしょうか?いわゆるお肌のトラブルは、体内の活性酸素やラジカル種によって引き起こされます。フラーレンは活性酸素などの攻撃からお肌を守ってくれるはたらきをするのです。
また、フラーレンに様々な機能を持たせる処理をすると、電池や半導体などのエレクトロニクス分野への応用ができるようです。
最後に、フラーレンの中は空洞なので、ここに様々なものを閉じ込めてしまおうとする研究がされています。例えば、不安定なものを閉じ込めてその性質を調べたり、環境に負荷がかかるものを閉じ込めて封印したりできるようです。さらに、薬になる分子を閉じ込めておき、特定の環境になったらその分子が中からでてこられる工夫をすると、ピンポイントで患部に作用する薬を作れるようです。
以上、フラーレンの性質と応用例を挙げましたが、いずれの話のときにも、受講者のみなさんは活発に質問したり、議論したり、アイデアを出してくれました。
自然科学の分野ではこのようなディスカッションによって、解決できることが多いので、非常大事なことだと思います。こういった時間を楽しみたいものです。
3.その他の半正多面体
五角形と六角形からなるフラーレンのように、何種類かの正多角形を組み合わせてできる多面体を半正多面体といいます。
半正多面体は13種類あるそうですが、その証明はどのようにすればよいでしょうか。
今後の研究課題にしたら面白いのではないでしょうか。
4.群を学ぶと、、、
化学は物質の性質や反応を学ぶ学問ですよ。物質は原子が結びついてできていて、原子の中にある電子によって、その結びつき方がわかります。現代の化学では、電子の運動を分子軌道計算によって解析し、物質の安定性や化学反応を調べる分野が確立されています。
分子軌道計算は物理や化学系の大学1年生で習いますが、電子の運動を極座標で表し微分積分などを駆使して解析するのです。
しかし、分子の対称性を記述する群の指標理論を用いれば、難しい微分積分を使わなくても、分子軌道がわかるのです。群の指標理論は数学科の大学生でも手をつけない分野とのことですが、全く知らないのはもったいない。分子軌道計算まではいかなくても、分子の対称性について少し考えていきたいと思います。
5.群の例
まずはじめに、集合Xと演算・(+,−,×,÷)に対して、
①a・bがXの要素として存在する
②a・e=aとなるeがXの要素として存在する
③a・d=eとなるdがXの要素として存在する
④(a・b)・c=a・(b・c)が成り立つ
ことを、Xが(1)自然数,(2)有理数,(3)実数,(4)3の倍数の集合について考えました。
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次に、数の集合ではなく、「操作の集合」が「操作の合成」として群をなすか考えてみました。
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さて、盛り上がってきたところで、終わりの時間がやってきてしまいました。
受講者からは、
「高次フラーレンが作れるか作れないか。あるいはその存在を証明できるかに興味がわいた」
「フラーレンの医療などの分野での応用例に興味をもった」
「今後の講習の展開が楽しみ」
「七員環をもつフラーレンが存在することを証明してみたい」
などの感想を頂きました。
次回は、水分子やアンモニア分子などの対称性を群を用いて考えていきたいと思います。
(理科・化学 教員)